アラフォー主婦、フリーランスに転向し旦那を屈服させる下克上夢物語

4人の子育てをしながらフリーランスに転向するまでの挑戦記

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親だって子どもの全てが見えてるわけじゃない

親だって子どもの全てが見えてるわけじゃない

Image by Cole Stivers from Pixabay

「忘れ物も気にならない」

といつも堂々としている2年生の長女が、

今朝の忘れ物にはめちゃくちゃ動揺しており、

私までも思わず動揺しちゃいました。

「何があったのか、長女??」

考察してみたところ、

意外な長女の一面を発見しました。

親だって子どもの全てが見えてるわけじゃないんだ。

 

 

 忘れ物が気にならない子ども(だと思っていた)

今年2年生の長女は、基本あまり何にも気にしないタイプです。

 

具体的に説明すると、

「学校でも、家と同様のありのままの姿でいられている」

と小学校の先生からはよく言われてきました。

よく言えば、

「表裏がなくありのまま」

悪く言えば

「緊張感もないから、

忘れ物をよくするが、

忘れ物をしても気にならないから、

同じ過ちを繰り返す…」

 

「国語のノート忘れたから、自由帳に書いた」

とか

「連絡帳忘れたから、書いてこなかった」

とか、

私には信じられないことを平気で言うのです。

 


(1、2年でこんな感じで良いのか??)

 


5、6年ともなると色々な事がわかってきて、

「ここまでなら忘れても大丈夫だろう」

とか解ってくるから、

こういうことも大いに起こりうるだろうが、

1、2年で、もうこんなゆる〜い感じでいいのでしょうか??

 

私が小学生の頃は、

宿題を忘れたり、持ち物を忘れるのが嫌で、

そのプレッシャーに夜泣きながら準備していた

1、2年の記憶があります。

また、職員室に行くのに緊張していた

2年生の頃を思い出しました。

(今の私を知っている人は嘘でしょ⁉︎

と言うでしょうが(笑)

 


たしかに、兄がいる長女は、

完全長女だった私とは違うでしょう。

入学する前から、

学校の様子も見聞きしていたし、

これまたそんなにプレッシャーも感じず、

忘れ物をちょくちょくしていた

兄の背中も見ている、という事実もありますし。

(兄の忘れ草は、

長男特有のおっとり性格の為せる技ですよね。

長男という分類はこれまた別の課題があると思います。)

 

子どもなりの、忘れて良いもの、わるいもの、の境界線を持っている

そんな長女が今朝は珍しく、

「どうしよう?どうしよう?」

と泣きながら困惑していました。

 


「何々?」

と聞くと、どうやら、

今のこのご時世の為に

毎日持っていく

健康調査票がないらしいのです。

 


週明け月曜日の今日は、

こういった類のものが

どうしてもなくなりやすいです。

あまり重要視してないけど、

毎日いるから、

机に無造作に置いておくものの、

週末には気にも留めないから、

友達が来たりして、

机の上を触ったりしたら、

もうどこに何があるのか

分からなくなってしまうのです…

 


今朝も全く同様の状況が起きました。

しかし、

忘れ物をしても気にしない娘のことだから

(別のものに今日の健康状態をかいて、

先生に出すだろう)

と思いきや

彼女は錯乱し、

「先生になんて言ったらいいの?」

「先生はなんて言う?」

とやたら心配するのです。

 

えっ待って!

これまで忘れてきたものを、

彼女は一体どうやって報告していたんだろうか?

先生はその時なんと言っていたのだろう?

そして、これまでの忘れ物と今回の忘れ物は

何が違うのだろう??

 


もしや、

これまでの忘れ物は自分の中で解決していて、

先生にも特に伝えていたわけではないのか?

しかし、今回は必ず提出し、

印鑑を押してもらうシステムのものだから、

なんの言い訳もできない、

と言うわけか??

 


彼女の中では、

大したことない忘れ物と、

忘れたらやばい忘れ物、

というものの区別を

どうやらつけていたようなのです。

 

決めつけず、子どももいろんな側面を持っている、また日々いろんな変化が起こっていることを、親も認識すべきなんだろうな

彼女の中で、

自分なりの判断をしていた、

という新たな発見と、

これまでの忘れ物を

仮に先生は何も知らなかったなら、

(よく上手くやってきたものだ)

とある意味感心してしまいました。


実際、過去の面談で先生方からは

長女の評判はなかなか良く、

しっかり者で通っているようでした。

(あんなに忘れ物してるのに、

そんな評価いただいていいのだろうか?)

と思ってはいましたが、

(なるほど、先生方は彼女の細かい忘れ物

までは気にしていないか、

気づいていないんだな)

と合点がいきました。

 

彼女は、

「しっかりしていて、それでいてそれが自然だ」と、先生方には言われてきたのですが、

その実、長女はありのままを見せているようで、巧みにそう思わせているのかもしれません。

 

なんだか、不器用に見えて、案外一枚も二枚も大人より上手な彼女に、恐れ入った瞬間でした。

 

「1人の人間として、真摯に向き合う」

この感覚を持って、

子育てしてきたつもりでしたが、

どこかで、

「彼女はこうだから」

と勝手に決めつけていたのかもしれません。

まだまだ甘かった、

と少しの反省と共に、

再度自覚させてもらった

出来事でした。